出会い~絳攸サイド~
会試を3日後に控えた昼下がり。
廊下から小さなざわめきが伝わってくる。宿舎入り最終期日の今頃になって、ようやく隣室の男が到着したらしい。
案内をする小者の声が近づいて、李絳攸はそうあたりをつけた。
各州状元及第者の室が連なるこの棟にあって、まだ入室を終えていないのは、紫州状元の自分の隣、藍州状元ただ一人だけだ。
(噂の藍本家の四男か)
藍家三つ子当主と仲の悪い養い親からは、その男にだけは負けるなと厳命を受けている。
だからと言うわけではないが絳攸は、この機会に顔を見てやろうという気を起こした。
まあ、諸々のしがらみがなくとも、隣室の男の顔を覚えておくことは彼の場合、自室の扉にたどり着くのに重要なのだ。
そうして扉を押し開いてまず目に飛び込んできたのは準禁色の藍。
(----なんてこれ見よがしな服を着てきやがるんだ)
思わず絳攸はむっとした。
廊下がざわめいていたのも無理はない。各部屋から絳攸と同じく見物に出てきた者たちが、好奇心を隠すこともできず見ほれている。
上から下まで鮮やかな藍色に身を包んだ男は、更に悔しいことに、中身の方も文句のつけようがない色男だった。まだ十代の筈だがすらりと背が高く姿勢が良い。甘い面立ちながら視線は鋭く、大家の息子らしい意思の強さも感じさせる。こんな無粋な予備宿舎ではなく、街に置けばさぞ娘達が騒ぐだろう。
そのぶしつけに眺めていた相手がこちらを見。視線が己の全身をさらっと走ったかと思うと目が合って、にこりと笑われ。
絳攸はかっと顔を赤らめた。
勿論、恥ずかしかったわけではない。馬鹿にされた気がしたのだ。
何一つ、名家の色を身につけていない自分を。
養父が紅家当主ではあっても絳攸は、黎深個人の養い子という扱いで、紅を纏う権利を得ていない。その己の立場の曖昧さを寂しく思うことはあっても、引け目に感じたことはなかったのに。
見せつけるように藍を纏った、見た目も血筋も完璧な貴族の息子に、鼻で笑われた、と思った。
そんなことはこれまでも幾度もあったのに、なぜか今回ばかりは、許せないほど腹が立って。
「お前なんかに、絶対負けないからなっ!」
話しかけたそうなそぶりを見せた男に口も開かせず。
絳攸は一方的に宣戦布告したのだった。
・・・・・互いに州試を状元及第したもの同士。国試の先も、長い付き合いになるとは、その時つゆとも思わずに。
<楸瑛サイドへ続く>